Reprint

2004年12月5日 ポエム
「好きな人が、できたの」


彼女の肩に手をかけると、そう言われて僕の手は振り払われた。


「そっか、じゃあ仕方ないな・・・」


何が仕方ないのか言った自分でも訳がわからなかった。


「本当のことを言うとね、あなたとは別れたくないわ」


としばらくあとで彼女は言った。


「じゃあ別れなきゃいいさ」


と僕は言った。


「でも、あなたと一緒にいてももうどこにも行けないのよ」


彼女はそれ以上何も言わなかったけれど、彼女の言いたいことはわかるような気がした。
僕には彼女がなく、彼女には僕がなかった。


炊飯ジャーが中身の完成を知らせる電子音が部屋に鳴り響く。彼女は僕の姿を視界に収めようとせずに、視線は床をなぞりながら台所へ向かう。

僕は何か言葉を発しようとするが、頭に浮かんだセリフは喉を通る前に霧散してしまい彼女には届かない。


押し黙ったままの彼女の手によって、テーブルの上に夕食が並べられていく。作った人間の気分とは別に、目の前の米粒は平和そうに湯気を出している。

食器を並べ終わり、彼女もテーブルにつく。
まさに最後の晩餐だな。
キリスト達のようにパンやワインはないけれど、今箸でつまんでいるコシヒカリが僕の肉であり、関西生まれの彼女が作った赤色をしたみそ汁は僕の血なのだろうか。


「いただきます」


手を合わせてから僕はそう言うと、みそ汁をすすった。
彼女も手を胸の前で合わせる仕草だけしてから、食事を始める。
決して声を発そうとはしない。

ふと、みそ汁の注がれたお椀から口を離し、箸でかき混ぜてみる。
箸からは何の感触も得られない。ただ空しく汁の中を回っているだけだ。
やれやれ、じゃがいもはおろか、ワカメすら入っていないじゃないか。

こりゃずいぶんと嫌われたもんだな、と逆に笑いさえこみ上げてくる。


そのときだった。
何もないはずのみそ汁をすすっていると、何かが歯に当たった。
舌で転がして、歯でや軽く噛んでみてそれがなんであるのか確かめてみる。やけに硬い感触だ。


「どうしたの?」


ようやく喋ってくれた彼女は、不思議そうに僕の顔を見ている。よほど変な顔をしていたのだろうか。



僕は状況を説明しようと、異物が入った口を大きく開こうとした。



しかし、気付くと僕はキャンディーを舐めていた。
その時舐めていたキャンディーはもちろんヴェルタースオリジナル。
なぜなら彼女もまた特別な存在だからです。

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